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2019年4月13日 (土)

雨の神の顔で埋め尽くされた神殿

 ウシュマル遺跡の近くにあるカバー遺跡は、壁面が「雨の神の顔で埋め尽くされた神殿」で、

6~10世紀に栄えたマヤ文明す。

それだけ、この地方は水が大切だったと言うことです。

なお、ウシュマル遺跡とは姉妹都市と言われており、20kmの間は舗装された道路で結ばれていたと言われています。

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マヤ文字

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長年修復が一部しかされず、風化が懸念される遺跡です。

世界遺産 ウシュマル遺跡

7~9世紀にユカタン半島に栄えたマヤ文明の都市遺跡のウシュマル遺跡。

特に、「魔法使いのピラミッド」がキレイなピラミッドです。

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こちらは裏側

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側面は丸みを帯びいて、ここがキレイです。

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こちらなが正面、強烈な逆光のため日陰から。

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水の神様

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このピラミッドの正面には、尼僧院と言われる大きな建物遺跡があります。

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総督の宮殿

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ピラミッドに登ってみた

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鳩の家

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カメの家

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樹海の浮かぶ魔法使いのピラミッド

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2019年4月12日 (金)

世界遺産 ポポカテペトル山腹の修道院

16世紀にスペインから来たキリスト教宣教師が建築した、修道院のうち14ヶ所が世界遺産となっています。

その中でこの教会が美しいと言うことで行きましたが、地震の影響で中には入れませんでした。

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教会の前

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世界遺産 「天使の街」プエブラ歴史地区

スペイン統治時代に築かれた旧市街地には、数多くの教会が残っている。

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サント・ドミンゴ教会

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カテドラル

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砂糖菓子の家

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世界遺産 メキシコ国立自治大学の壁画

  メキシコの壁画運動の影響を受けた、メキシコ国立自治大学には数多くの壁画があり、世界遺産となってい  ます。

中でも、中央図書館の壁画は世界最大の壁画です。

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この壁画は修復中でした。

 

2019年4月11日 (木)

メキシコ国立人類学博物館

メキシコ国立人類学博物館は、メキシコ古代文明の集大成で、マヤ文明、アステカ文明、テオティワカン文明など、遺跡から発掘した文化財が展示してある。

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2018年12月24日 (月)

マニラのサンチャゴ要塞

マニラに戻り、スペイン統治時代の要塞。

米国や英国の軍司令部、日本の憲兵隊本部として使用

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ホセ・リサール(フィリピン独立運動に取り組んだことから「国民的英雄」)は、ここに幽閉され、スペイン軍により処刑された。

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アメリカ軍の戦車が通れるように門を広げた
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マニラに戻る途中にラワグにある、マカダニアン宮殿

かつて、マルコス大統領が住んだという、別荘

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ラワグの空港に戻り、マニラへ

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世界遺産 サン・アグスチン教会

ビガンから、ラグワに戻る途中にある、世界遺産 サン・アグスチン教会

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石灰石のため、化石が。


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世界遺産の街、ビガン 2日目の4

いよいよ、馬車に乗ってビガンの街を巡ります。

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世界遺産の街、ビガン 2日目の3

世界遺産のマーク

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昼食はこのレストラン

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この後に、馬車に乗ります。















世界遺産の街、ビガン 2日目の2

ビガンの街巡りです
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ホテル前の馬車
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ホテルの直ぐ近くのセントポール大聖堂
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この教会では、何組もの葬儀が行われていた。
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バンタイ教会
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教会の直ぐ横にはベルタワー
 
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ベルタワー
鐘楼です
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2018年12月23日 (日)

世界遺産の街、ビガン 2日目の朝

フィリピンの世界遺産旅行の
今回のメインは、世界遺産の街ビガンを巡ることでした。
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16世紀のスペイン統治時代の建物が残る街
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馬車(カレッサ)が良く似合う街です。

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泊まったホテルです。

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2018年11月23日 (金)

フィリピンの世界遺産2日目

平成30年11月23日(金)は、マニラからビカンへの移動日
朝食後に、昨日行ったが撮れなかった、イントラムロスにある城壁の写真を撮りに行く
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ゴルフ場になっている
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リサール公園
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ホテル近くには、アメリカ大使館
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国内線で、ラワグに向かう
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昼食のレストラン近くには学校があった。
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ラワグのベルタワー
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近くにある、聖ウィリアム大聖堂
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ビガンには、くらくなってから到着した。
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マニラの世界遺産




平成30年11月22日(木)フィリピンのマニラにある世界遺産のマニラ大聖堂とサン・アグスチン教会に行ってきました。
最初は、マニラ大聖堂
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天災や戦争でたびたび破壊され、現在は6代目
世界各国からの援助により再建された。
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ヨーロッパにある教会のステンドグラス程ではないか゛、綺麗です。
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近くにあった壁画
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次に、サン・アグスチン教会
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世界遺産のマーク看板は、風雨にさらされて消えかかっていた。
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バロック様式の教会で、石造りの教会としてはフィリピン最古
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教会内の博物館の展示
世界遺産認定証
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一つ一つが貝殻で出来ている
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2018年8月20日 (月)

世界遺産エローラ石窟群

8月19日最終日

エローラ石窟群

  ひたすら岩を掘り下げ、100年以上かけてつくられた。
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  エローラ石窟群は、古代三大宗教「仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教」の石窟寺院が一同に会する、世界で唯一の場所
先ずは、ジャイナ教寺院
 
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男性のお金の神様
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こちらは、女性のお金の神様
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この寺院もすべて、岩をくりぬいて作ってある。
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次に仏教寺院

 

 

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カメラを向けたら、ちゃんとポーズを撮ってくれ、その後、右の女性が私との写真を自撮りした。

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エローラ石窟の一番の見どころは、ちょうど真ん中にあるヒンドゥー教の第16窟、カイラサナータ寺院で高さは33m

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この遺跡は、上の岩場から写真を撮らないとその価値が無いので、

ガイドは危険だから登らないでください、自己責任だとの忠告を無視して、

道が付いていて、途中で通行止めのようにしてあったが、そこを抜けて

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2018年8月19日 (日)

世界遺産アジャンタ石窟寺院群

8月18日、今朝は8時15分にホテルを出発し、アジャンタ石窟寺院群へバスで約3時間
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マハラーシュートラ州北部、ワゴーラー川のを囲む断崖を550mにわたり、100年以上を費やして断続的にくりぬいて築かれた大小30の石窟で構成される古代の仏教石窟寺院群。
紀元前2世紀前後には開窟されていた。
第1石窟から29石窟まである
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寺院の内部へは、靴を脱いで入ります。
蓮華手菩薩の壁画は、当時の仏教美術の中でも最高傑作と言われている。
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第26石窟の涅槃像は、大きすぎて1枚に収まらない。
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2018年8月18日 (土)

世界遺産クトゥブ・ミナール

8月17日
朝、風の宮殿を写真撮影
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姿を見られることを禁じられていた宮中女性のために建てられた宮殿。
女性たちは風通しのよい小部屋から祝祭の行列や町の様子を眺めたという。
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この後、ジャイプールから6時間かけて、デリーへ。
クトゥブ・ミナールも世界遺産
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この塔は、1206年にインド最初のイスラム王朝を興したクトゥブ・アッディーン・アイバクによって建てられた。

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72.5mの高さをほこっている。

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「アショカ王の鉄柱」と呼ばれてる鉄柱。
鉄柱は直径44㎝、高さ約6、9m。
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1600年前から建っていて全く錆びない。


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デリー空港から、オーランガバードへ。

世界遺産ジャンタル・マンタル天文台

ジャンタル・マンタルは、インド・ジャイプルにある、古代の天文台。
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天文学者でもあったムガル帝国のラージプート、マハーラージャ・ジャイ・シング2世によって、1728年から1734年に建てられたと言われるジャンタル・マンタルは、マハーラージャの居城「シティ・パレス」の一角にある。
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2018年8月17日 (金)

世界遺産アンベール城

ファテープル・シクリから、4時間半かけて、ジャイプールへ
アンベール城は、16世紀にラージプート族のマハラジャが建設をした城。
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その後ジャイプルに遷都される150年間もの間、増改築が重ねられ、都として繫栄した。
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外観は堅固な城壁にに囲まれていて、内部はイスラム様式を取り入れた繊細な装飾が施されている。
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ガネーシャ門
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ガネーシャとその乗り物のねずみ
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白檀で作ってある扉
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世界遺産ファテープル・シクリ

インド古来の建築様式や技法が反映されいて、ヒンドゥーとイスラームの建築様式が文化的融合をしている。
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ファテープルシークリーでは、他のイスラーム建築のようにアーチやドームを多用せず、屋根や庇などの木組みを石で表現したような造りが見られる。
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これらは古くから仏教やヒンドゥー教の石窟寺院などに見られたもので、アクバル帝が諸宗教を融和するために実践していた建築様式。
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水不足が原因でたったの14年しか使われなかった。

2018年8月16日 (木)

世界遺産タージマハル

タージマハルは、第5代皇帝のシャージャハーンが、愛する亡き王妃のために、約22年の歳月をかけて建設した墓廟。
巨額の建設費用を注ぎ込んだだけあり、高さ約58メートルの白亜の美しいドームに、ドームを囲んでいる高さ約42メートルのミナレット。
シンメトリーの総大理石造りの立派な墓廟
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この門を抜けると
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宮殿の左側にあるモスク
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まったく同じ造りの王様の住まい
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4本のミナレットは、地震対策として、少し外側に傾いている。
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閉館時間のため見学者は少なくなった。

世界遺産アグラ城

ベナレス空港からアグラまで、1時間遅れのフライト。
アグラに到着するが、空軍基地と併設のため
特に今日は独立記念日のため警戒が強く、バスやガイドは基地内に入れず、
タクシーで基地の門まで乗り、門を出てバスに乗れた。
アグラ城
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  ムガル帝国時代の城塞で、16世紀に300年余りにインドで繫栄を誇った
ムガル帝国第3代アクバル帝が建設した赤砂岩の城、通称「赤い城」とも呼ばれ、
威風堂々と佇んでいる。
またアグラ城は周囲2.5キロにも及ぶ、広大な敷地を持っており、帝国の力強さを意味している。
赤色の外壁と対照的に、内部は白大理石造りの純白で華麗な宮殿
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この後、風雨の強い雷雨に合い、写真どころでは無くなった。
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土砂降りの中、ぬれてることを喜んでいたインド人の若者。
インド人は、傘をささない。
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王様が息子によって幽閉されていた部屋
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石畳の通路は、川のごとく雨水が流れていた。

サルナートのムルガンダクティー寺院

スリランカによって1931年に再建された寺院
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1930年代に4年の歳月をかけて日本人の仏教画家が描いた釈尊の生涯の壁絵「誕生」

仏教4大聖地の1番目の聖地 ルンビニが、入口の壁に描かれている。
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サルナートの ダメーク・ストゥーパ

サールナートはブッダが初めて仏教の教えを説いた場所で、仏教四大聖地のひとつ。
約2500年前ブッダ・ガヤーで悟りを開いた仏陀が、ここサルナートまでやってきて、
ここで初めて自分の覚った真理を5人の修行者に伝えた。
この最初の説法は「初転法輪」と呼ばれていますが、
その「初転法輪」が行われた場所が、ダメーク・ストゥーパの建っている所だと言われている。
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ガンジス河の沐浴見学

8月15日、インドの独立記念日

朝5時にホテルを出発して、ガンジス河の沐浴見学

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早朝にも関わらず、通りはヒンズー教徒と見学する人で、もうすれ違いをするのが精一杯。

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ヒンズー教徒はこのガンジス河の水が聖なる水。

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老いも若きも、大人も子供も皆沐浴。

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家から裸足で来るそうだ。

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2018年8月15日 (水)

ベナレスのプージャ

ベナレスに到着
新しくなった空港。
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市内のホテルまでは、田舎道。
夕方、ガンジス川へ
プージャの見学
 
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ヒンズー教の僧侶の祈り
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24時間空いている火葬場
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遠くから見る火葬の様子

世界遺産フマユーン廟

8月4日、インド2日目は、
世界遺産レットフォートが明日独立記念日で行事があるため、車窓から。
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世界遺産フマユーン廟
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この後、ベナレス2時間40分の空の旅

2018年8月14日 (火)

2度目のインド世界遺産

8月13日、成田からエァインディアにて、デリーへ。
機内食
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前菜で、メインデッシュ、デザートと続いた。
到着前は、サンドイッチ。
デリー空港内のトイレ
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空港からデリー市内に向かう途中に、今でも町中に牛さんがいた。
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2018年4月12日 (木)

世界遺産、モン・サン・ミッシェル

708年、アヴランシュの司教オベールが大天使ミカエルを奉る聖堂を建ててた。重要な巡礼地となる。

 

 10世紀にはベネディクト派の僧が修道院に住み始め、海上に浮かぶこの小島で、モン・サン・ミッシェル修道院から下のほうに向かって村となった。

イギリスとの百年戦争の際は不落の強固さをみせ、軍事的に要塞となった。

フランス革命から1863年までは監獄として使用された。

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島までは、このシャトルバスか徒歩で渡ります。

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島への途中のレストラン

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ライトアップ

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朝のモンサンミッシェル。

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要塞としてのなごり

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字の読めなかった巡礼者のための店の看板

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木造のミカエル様

 

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空中庭園

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塔のてっぺんにはミカエル様

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宿泊したのは、島内の宿

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